-THEORY OF EVERYTHING-

-泳ごう!!この果てしない知識の海で!!

theme 8- 人には向き不向きがあり, それを否定してはいけない.

 

ブログを書く際は, 特に今回はこの話を中心に書いていきたいな, あるいは自分の好きな趣味について語れるだけブログを書こうとか, 僕にはそこまで熱心に打ち込めると形容していいのかそれともただそれだけが生きがいなんだよみたいな信条になっているものが全くもって思い浮かばないのでそれができる人はすごいな, と僕は感心しています.

 

まあ, 飽きっぽい人間からするとこうやってブログを書いている間に別に自分は有名人でもお金を稼いでるわけではないんだし義務なんてものはないし, だいたい一通りやってみると満足してしまうものなのです笑(←理解してくれる人いそう)

 ノマドワーカーの人はその点, ほとんどの人が(独断と偏見で)スタバなどで見渡す限りでは皆が皆好き好んでやっているわけではないように見えて, むしろどこかの事務員が場所を事務所での勤務ではなくなり好きな場所でこのデータ打ち込んできてね, というような事務的で無機的に淡々と作業しているようにしか僕には見えません(好きでやっている人が大半かと思います).

 

日々, 単色な日常が嫌で嫌でたまらなくなって, 仕事には一定とした金額のお給料までも捨ててまでノマド的な生活いわゆる, 好きな時に好きな場所で好きなだけ何かをするということに意義を見出そうとしてあるいは自分の歩いた軌跡を残そうとしている人もいるかもしれませんね.

 

ただ, 退屈な日常に十分といえるほど毒されてきた人間ほど普通ではない(今の現時点では定義も曖昧であるが, ひょっとすると僕がおっさんになる頃には一般職みたいに極々当たり前になっているかもしれない)事をしているんだと思い込んで, 好きでもない仕事に精を出し, 日々生きているを若干見下している気がするんですよね.

単にどれが良いかなんて, それこそ個人の思想や価値観によって全く異なってしまうものなので深くは言及しないけども, 人間には適性というものが少なからず存在すると僕は思っているので今の仕事が自分にあっているとかあっていないなんて尺度は正直客観的な指標がないと比べようがないのですから, わざわざ悲観したりすることなんてないと思う.

 

むしろ, 日常外(プライベート)の方に重きを置いている確固たる趣味を持ち合わせている人たちは, 僕なんかよりもずっとずっと人生を謳歌し, 日々辛くなり精神が擦り切れるようなことがあってもなんとかささやかな毎日を生きているなんて普通に考えてうまくこの時代に適応できているという見方ができませんか?? 

 

おかげで, 今まではハードルが高いと言われていたような高等芸術アートに手を出して無理に人生を棒に振るわなくても, 自分の進みたいペースでできる代物がインターネットを通じて浸透することによって比較的安価で気軽にそこまで気負わずにできる(例えば, ラノベやweb漫画, イラスト投稿etc)アートをより身近に楽しめるようになったことはこの時代の最も挙げるべき利点なのかもしれませんよ.

 

そうやって, 昔はマジョリティが優先されていた時代があって息が苦しいようなことがあっても, この時代はマイノリティ同士が相互干渉できるようなイノベーションも起きたおかげで救われて何とか生きている人もいるのでそれを真っ向から否定する人はもはや時代遅れと勝手に認定しても問題ないでしょうよ笑. 

 王道ですが, 

- Life goes on な気持ちで気長にね. 

 

そんなこんなでグダグタ書き続けているわけですが, 毎回結論という結論に欠ける内容ばかりでほんと申し訳ないと読んでくれている人には常々内心思っていたりするのでこれは内省しておきます笑.

 

P.S. 

ここ最近はもっぱら, クラシックといえば''ショパン'', ''ブラームス'', ''サティ''ばかり聴いています.

近いうちに今後の人生方針改め, 進路について語りたくなったので書くかもしれません.乞うご期待.

 

theme 7- 果ての国。

 

昨日はここ最近調子良くトレードをしていた僕は、ドル円でまたしても(少額ながらも)大損切をしてしまい、原始資金回復間近でまたしても負の損失を出してしまった...

 

この一連の負け方は過去に何回も(株式でも)体験しているはずで薄々、まだしかるべき時がきていないまだ我慢しろと心の声がそう囁いていた(はず)なのに、同じような失敗を人は(僕は)繰り返す...more, more

 

負けた原因やそのような状況を生み出してしまった要因もすべて、不確定要素満載の市場には何ら責任はないし、あるのは一個人、つまりすべての責任は自分自身にかかっているのだ。だけど、これらをまとめて(それこそ包括的に)自分自身一人の重荷として、猛省し次に生かそう、なんならトレード日記をつけ始めて自己分析をするとかそれらの行為まで自分で行動に移せる人間なんてそうそういないはず。

 

僕らは必ずしも、相場を完全に把握することも予測することもできない。

できることと言えば、それはどのfx株資産運用本にも口酸っぱく何回も繰り返し書かれているように、「リスク管理(コントロール)」することほかないのだ。

↑そんな僕はできていない中の一人...(泣)

 

これは資金運用の少ない=元手がない少額取引、今までの貯蓄を運用する資産運用(サラリーマンのわずかながらの資産, 老後資産etc...)。どれをとってもやはり(僕自身株式を始めたのが今年の4月からなのでまだまだ相場をよく理解していない部分も多くあるが、誰もが最初はやはりビギナーズラックを体験しているはずなのである!!ぜったいにね!!!なければそもそもこんなコインの裏表を延々と予測し続けるばかげたことはしないだろう...(皮肉交じりの微笑)

 

なにせ、相場の用語も略語も知らないズブの素人でも始めた最初の二か月連続で月利+20%なんて出せたんだから!←この時は金がなぜか増えていくことに快感を覚え、せっかく増やせた資金でまさにゲームでいうところのダブルアップチャレンジ(倍々ゲーム)をやることになるのでした。

 

それから急に相場の風向きが変わった途端に(いわゆる, 夏枯れ相場到来)、今まで稼ぎ続けていた僕にとびっきりの冷水を目を覚ませと言わんばかりに手厳しい洗礼を見事受けてしまった。でも、一度勝ちが続くと人はその味を覚えそれこそ、例えるのならパブロフの犬のようにありもしない餌にありつこうと必死に無茶なトレードを繰り返してしまう負の連鎖を断ち切る隙を与えぬまま、またはそれに気づかずに...

 

僕が仮に(無神論者、無宗教ではあるが)、神がいるものだと仮定してさらにキリスト教徒のように信心深い人間であったとするのならこんな無謀なリスクと常に隣り合わせのようなものになど手を出さず、きっと真面目に額に汗を流しそれらの対価として賃金を受け取って、毎週日曜日に神に感謝の祈りをささげるような生活を死ぬまで送っていたはずである。もし死んだ先に天国があればいいが。

 

残念ながら僕はそのような慈しみ深い人間でも何でもない。

 

ここまでで、僕が何を言いたいのかというと人間はリスクについては無知で、リスク本来の意味を間違った捉え方をしていかにもプラスに作用しているかのような錯覚になる(それはいつやってくるのかわからない副作用もあると知らずに)。

 

この実体を持たないリスクとうまく共存することができれば怖いものなんてものは自分を産んでくれた母親以外はなくなる!!

 

まあ、ここまで書いてきておかしい話ではあるがこの記事を書いている僕にすらいまだリスクが目に見えていることはあるがそれから目をそらし、見て見ぬふりをしてしまうこともある。

 

リスクを真正面から向き合うのはかなりしんどいし、まず理性やらなにやら存在する複雑で多様的なモジュールで構成された脳を感じ取ることもできない僕らはそれを認知し、処理することは本能的に進化過程を経て得たものとわかっててもリスクと対峙するなんてのは本能に逆らうものでそれを意図的に扱うコントロールすることの難しさを知るのは当分先なのか、それとも気づかぬまま通り過ぎていくのか...

 

 

おしまい。

 

P.S. リスク管理についてもっと自分が実践できて、確立することができれば記事にしてみようと思います。少額トレーダーでも負けるときはかなりツライし、何より増えた時のことを想像するだけで心底穏やかな気持ちにはなりませんよ(笑)bgmではvandaveerというフォークソングでいい感じのグループがあるので気が向けばyoutubeで検索してみてください。

 

 

theme 6- アー・ユー・リメンバー・ミー?

そういえば、今まで書いてきた自分の記事を大方流し読みしてみたところ、どれだけアフィリエイターやらが憎いのか知らないが僕はかなりの頻度で彼らについて記事にしていたようだ…(そんなに多くは言及しているつもりはなかったような…)

このブログ自体かなりの気まぐれで記事を書いていたりするので、一定の周期性もなく気ままに更新しているせいか、こんなクソほどつまらないブログに一体数日に数回程度誰が読んでくれているのだろうとアクセス解析を通して見ても読者という読者がいないと思っていた矢先、ブログのプレビューを確認(外部アクセスによって)してざっとどんな風に僕の記事は見えているのか気になった。

そしたら、、、、なんと、

いままで自分のブログの画面をまともに見たことがない(記事を一つでもあげれば満足する)ので、下までスクロールすると、読者数に一人!!(これは大いなる一歩だ!)いるではないか!!

↑これには流石に通知すらこなかったので驚きでしたね(笑)

ただこれは思いもしなかったサプライズであり(勝手にそう信じ込んでいる僕がだ、)、嬉しい気持ちとこのような不定期で誰のためにも書いていない(=自分の思ったことを垂れ流す)独りよがりなブログに幸い読者が一人でもいることに大変感謝している。

ありがとうと言いたい、、、、ありがとう。

たった一人でも読んでくれているのだ、僕の記事を、、、と考えるだけでテンションが上がりたった1日前にて更新したばかりなはずなのに、今日はただお礼を述べるための記事になったのかもしれない。


もう一度、、読んでくれてありがとう。


おしまい。


P.S. 本というのは一度読んでしまうとその価値が失われてしまい、「蔵書というのはこの本の数だけ僕は読書家なんだという証明にはならず、むしろこれだけの数の本にはもう何も価値がないのだ」と、わざわざ見せびらかしているそうです(捉え方は人それぞれだとは思いますが)。

theme 5- 1001回目は表?

前回の更新から約1ヶ月を経て, 今回の第5回となる(まだ、たったの5回だ、、)ブログをここに書き綴るとする。

僕は、文章=ここではブログを書く際には特に何かを考えながら(構成を意識しながら)文を計算して書くという行為はどうも苦手な人間らしい…(笑) 長い長い、文を猿でもわかると言えばアフィリエイト目的のブログあるいは、情報商材屋の運営するブログなど(例えを挙げるだけでキリがない)といった一見読み応えや、何か自分にとってプラスになるようなことが書かれているという強い先入観を持った上で読んで見るとこれがまた、何ともつまらない記事、いや!これを記事という括りで形容していいのだろうか!いくら、ブログ媒体が金になるからといってこれらの記事に一銭でもお金を生む何かがそこに存在するとすれば(あくまで仮定の話である)僕らは一体、あんな陳腐で(やたら行間が開き、スマホpcとはいえスクロールするのも面倒くさい)小学生が読んでも面白くない!まだj.k.ローリングでも読んでいた方がマシだ!いやいや、ひょっとするといい大人がこんな文章でこれを真に受けて信じる人なんでいないはずだと思ってしまうような内容ばかりなのである!!

ここで大きな誤解を招きそうなので、幸い僕が良識のある一人の人間としてブログを運営する人間として補足という如何にも保険をかけるのが大好きな人間たちの為にさせていただくと、これらは一貫としてアフィリエイターや情報商材屋を否定しているわけではない。

むしろ、彼らを褒めてやるべきだと僕は思うのだ!

なぜなら!彼らはバカでも、猿でも、小学生でもわかるような文章でとってもとっても優しく(なるべく難しい言葉を使わないように細心の注意を払いながら)ここまで読んでくれる読者の為を思って文章を書いてくれる人なんて、文を書いて金を貰っている小説家ですらそんなことはしないだろう!!

そこまでやってブログを僕ら不特定多数の読者に提供するのだから、僕には到底無理なんだろうと一生かけてもあんなもんは作れないだろうという確固たる自信すら湧いてくる始末である(笑)


ただ、僕が何かそのようなブログに対してなぜここまでこんな意見を持っているのだろう?と考える、この記事を読んで思ったりするかもしれない。でも、一つ確かなことがある。


そのような記事にお金を払っても(有料メルマガが良い例である)果たして得られるものはなにがある?それを読んで君の生活は少しは変わるかもしれない、変わらないままなのかもしれない。少なからず、影響はあるとす信じ込んで登録したりそれらのブログに対して間接的に彼らの懐を肥やしているのかもしれない。

だが、しかしだ。

こんなにも不確実性溢れる、確率なんて言葉は物好きな学者やちょっとそこらの人間より頭の良いと思い込んでいる人が作った概念にすぎない。これこれをすれば、以前よりも収入が増える、生活が自由になるなどなど(これもまた列挙するだけ無駄なほど数えきれないほどわんさか存在している)、果たして明日何が起こるかまあ大抵は同じような日常が続くのかもしれない確率の方が高いかもしれないこの世界で本当に僕らは同じような毎日を過ごせているのだろうか。あるいは、同じ日常が無限に続くと僕らが防衛本能的にそう自己解釈してしまっているだけなのだろうか。

人の言うことなんて全てにおいて信憑性も、何も存在しない。

あるのは、度重なる「偶然」が連鎖的に起きそのような日常を構成しているにすぎない。
コイントスで例えると、1000回連続で表が出ているような確率を僕らは生きているのだ。その1001回目があり得ない、絶対に、絶対に起こり得ない出来事だとしてもそれは起こるべくして起こるのだ。

それはどこに居ようと、隠れていようともやってくる。

でも、僕らはそれを見ようと、認識してやることさえもしない。

少し、普段の目線から少しでもズラすだけで見えてくる世界は変わってくるはず、変わって見えないのはそれは君が本能的にそう思っている自己フィルターを通してるから。

こんなブログに一銭の価値だって存在しない。

見ているこの時間だって、君にとってはかけがえない、大事な大事な死ぬまでの時間をこの記事に費やしたのだからきっと何かあるはず、、、が、「ない」。

なーにも、ない!!!

じゃあ何が、言いたいんだろう…

それは君が考えて!!!僕が口を出す問題ではない!!


おしまい。


P.S. 少額ながらも投資をしている身としては、やはり投資というのは普段毎月お金がもらえるお給料とちがって収益のランダム性がかなり高い、実力なんてものは存在しない、あるのは「まぐれ」だけなんじゃないかと考えるようになりました。「まぐれ」といえば、ナシーム・ニコラス・タレブブラック・スワン 不確実性とリスクの本質」という本がおすすめです。

theme 4- 見るべきところはそこじゃない、

ブログをまったりと初めてからというもの, 日常を綴るように定期的にブログをupするわけでもないし, かと言ってアフィリエイト等への準備としてのサイト設計etc...おそらく自分の性格は自分がよく知っているようにこれはかなり長くこのブログを運営して運営者である僕自身が熱量を持って「これで金を稼ぐのだ!!!稼ぐと言ったら!稼ぐ!!」くらいの勢いが無いと無理な話で, 自然消滅しないよう最善の注意(もし読者がいるとすれば)を払いながら至極まったりと更新していくので, どうぞ来月からもよろしくお願いします.

さてさて, 今日(日本時間03:00)に米国FOMC政策金利発表の日です.
今週は相場の雰囲気も張り詰めた緊張感と, 前回の欧州ECBのマリオ・ドラギ総裁の定例会見並みの緊張感ですよコレは…(失笑)

金融経済についても少しずつ自分の知識で語れる範囲内でもっとこの記事を通して, 世界ではこのようなことが随時起きているのかや, 自分たちの国に対する見方を経済を通してもっと身近に感じられたらいいなと思って気の向くままに書きますのでわからない用語などは気にせず, なんとなーく概観だけでも輪郭のようなものを知るだけでもきっと普段の日常生活において役立つ教養ともなるかもしれません.

今回の日銀黒田総裁の定例会見ではインフレ率1%を2019年達成を目処にまだまだ金融緩和政策を推し進めるという見通しであり, 2020年オリンピック開催には目標である2%に到達するであろうという目論見があるためです.

しかし, アベノミクス初導入時に2%は視野に入ってむしろ現在は達成されて, 景気を一旦引き締めて落ち着かせるぞという想定だったのですが, こればかりは経済理論上は達成できても相手にしているのは人間なのでそう上手くいかないのが現実です.

消費を促すためにマイナス金利を強行的に推し進めた異例の日銀.

彼らはどこを見ているのか??

僕らは彼らの意図を読み取ることができたのか?

答えは, 「僕ら国民は日銀の意向が読み取れず意味がわからないままマイナス金利という仕組みをいまいちピンとこない政策だけが一人歩きし, むしろその複雑さに元々バブル崩壊の余波を残した僕らは懐疑的になり, 家計の財布の紐が固くなってしまいました」.


異次元金融緩和...(名前自体そもそも怪しい笑)

これが何を意味するのか.

つまるところ, 僕ら国民が対象ではなく(国民はセカンドターゲット)第一目標は中小企業を含めた会社の景気促進なのです. 日本は輸出が主な国家収入源ですから円の価値が安ければ安いほど海外で売れるので日銀はお金を大量に発行することによってそれら業種がまずは潤うように仕向けます.

主要産業分野が儲かるということは, 日本全体の景気も良くなるはずです. 実際, アベノミクスは効絶大で大企業を始め従来よりも多くお金が入りましたが, ここで一つ問題が起きたのです.

本来は企業が儲かることでその従業員たちの賃金が上昇し, 賃金が上がることで家計の消費を促すというトリクルダウンが狙いでしたが, 企業がその儲けたお金を社会に還元するのではなく, 自社の蓄え=会社資産へとしてしまったのです!!!

じゃあなぜ使わないお金を儲かった企業は使わないのか?という問いに対しては,

これはバブル崩壊時に銀行側の融資が受けられなくなったことが主な要因の一つになります.

つまり, もし今後景気が停滞し売上が低迷すると,不安になりますよね. そうすると銀行側も容易には融資してくれない現状なので自らどうにかするしかなくなってしまい, 企業自体も売上が上がってもこれがいつまで続くのかわからないのが現状ですから, 自然と将来の漠然とした不安を残したまま備えとして蓄えてしまうということを覚えておいてください.

そうすると儲かっても従業員の賃金を上がらず, 決算上の数値だけが上がりあとは横ばいなものですから当然日銀の狙いである消費促進も意味を持たなくなりますよね.

ということは日本の経済は数字上改善されたとしても, 実際それは社会に還元されているのかと言われるとそうでもないよということに繋がってしまい逆に将来への不安だけが漠然としてるこの世の中貯蓄に走るのは仕方がないことなのかもしれません.

では最後に,

安倍首相を始め, 日銀は僕ら国民のために禁術(使ってしまうと最後, 副作用の大きい)を使ってまで金融政策を打ち立てたのですから僕ら国民は彼らの考えを少なからず受け身でただ何となく接するのではなく, 自分の頭で考えどう向き合っていくかということこそが大事な世の中なのではないかと僕は密かに思ってたりします.

禁術という単語はいまここに書いてしまうのさらにダラダラと文章が続いてしまうのでまた機会があれば書いていこうと思います.


終わり


P.S.
今日は息抜きとして大きいゲーセンでアーケードシーンなるKOF14とシアトリズムFFをプレイして見事ハマってしまいました…笑 もしかするとこれは週一で通うかもね(笑)↑何かオススメのアーケードゲームがあれば是非コメントでもなんなりくださいね.

theme 3 -ヒューマン・コネクトニズム

僕らはいつから見えないものたちと,

常に時間の許す限り接続するようになったのか.

君は必要としない(されていない)接続をその携帯端末やはたまたタブレット端末etc様々な手段を講じ, この現実的な世界からそれら接続媒体を通じて, 決して僕らの両眼ではその姿を捉えることのできない(ひょっとすると百年後には視えるようになるかもしれない)電脳化されたそれらに繋がろうと君は端末を手に, 暗闇の中や電車に揺り動かされながら, 友人との会話の最中, もしかするとこの記事を読んでいる最中も複数のデバイスを用いているかもしれないね(笑)

君はいつから, それらにアクセスし始めたの?

それは君にとっては人生を少なくとも大きくは変えなくとも, 少なからず影響をもたらしたはずだ.

しかし, それは必ずとも良い結果に繋がったのだろうか.

それとも, それを手にアクセスする前の方が幸せを感じ取れていたのだろうか.

答えは一つでも, あるわけでもない.


インターネットという概念が生まれるまでは, 僕らは限りある有限的な世界で人と接してきた.でも, 時代は流動的に流れる. それこそ川のような一方通行といったような流れではない,例えるのなら大海の海が想像しやすいはずだ.

時には, 海流の流れを変え渦を巻き, その目下では断層が振動し波を打つ.

様々な動きが僕らを翻弄し, また僕らを感動させるような出来事が起こったりするように.

激動の中インターネットは進化を続け僕らの生活に根付き, もはや無くてはならない命の次に''大切なものだ''と言っても過言ではないほどのものになったのではないのだろうか?

命に換えてまで接続をし続け, 人間としての営みを忘れ, 僕らだけに与えられたギフトを自らゴミ箱の中に放り込みその特権を放棄し, アクセスすること自体が人生かのようなものたちも確かに存在するかもしれない.

ただそれは危険な行為なんだ.

そこまでしても得られるものは寂しさや空虚感を一時的に脳の隅っこから追い出すだけなのに...

確かに, 僕も夜になると寂しい気持ちにもなるさ.

でも, その気持ちを感じている君はとっても人間らしいし, 寂しさを紛らわすために暗闇の中青く光る液晶画面なんかよりもよっぽど素晴らしいものを持っているだよ.

いいかい, 忘れないことが重要なんだ.

ツイッターフェイスブック(その他sns)それに繋がり続けることが正しいとは限らないんだ.
それらはあくまで道具として利用するのであって, 逆に利用されてはいけない.

君は容量を超えた接続を繰り返し, 日々を消耗することだけはしないでほしい.

なぜ僕らは接続し続けることが当たり前だと錯覚するようになったのか.

それは自らの考え答えらしい答えを出すことから始まるんだ.

これを読んで少なくともこの記事を書いている人は何が言いたいんだ?意味不明と思う人もいるかもしれない.それでも僕は構わない, あくまで僕は文字を書くことが職業な人間でもなければ, ただの君と同じただの人間なんだよ(笑)

別にこの話自体にオチがあるわけでもないし(オチを期待していた人には申し訳ない), この文章構成が君に見やすいかどうかもわからない.

でも, この記事を読み何かを感じ何か考えるようになっただけで僕は嬉しい.


さあ!!外の世界に足を踏み出そう.

普段聴こえてくる音に耳を澄ませてみよう.

退屈な世界が色付き始め, 液晶画面よりもカラフルな世界に僕らは生きているだと感じるはずだ!!!



終わり


P.S.
ただタイトルが先に思いつきそれを基に書きましたが, ブログのタイトルはあくまでタイトルなので深くブログ内容に関わることはないです.
あ, そういえば村上春樹の「騎士団長殺し」上巻だけ買ったけど見てないや(笑)

theme 2 -されど、雨は降りぬ


第一稿目の記事でも宣言した雑記ブログですが, 僕は経済学が好きなので20才になってその2ヶ月後には生まれて始めて自分自身の証券口座を開設しました(笑)時々どのように運用しているのか機会があれば是非書いてみようと思います.

テーマは世間が投資やfxに対して誤解していることや銀行にただ預金するだけで本当に安心なのか?など…etc

僕が, 実際に少額投資ではありますが感じたことを''金融'', ''経済''という両方の観点からわざわざこのブログに足を運んでくれる読者様たちに教養とまではいきませんがそれに値するような知識を授けられるように拙い文章ながらも発信していこうと思うのです.

ですが, 当ブログの主旨は一貫して雑記中心なので悪しからず…(笑)

まだまだ, ブログ構成を定めておらずよくあるようなアフィリエイト広告が塗りたくってあるブログ, やたらと行間を空けることで読んでもらう文章を1〜2行程度に簡潔したブログらをGoogle検索で[ 雑記ブログ ]と打つだけで数え切れないほど目にしますよね(笑)

ただ一つ,彼らのブログ媒体を構成する文や言葉は余りに幼稚な印象を感じてしまうのです!!
( ああ!!本を!活字を読み漁るものなら共感してくれるに違いない!!! )

彼らはあくまで金儲けの道具という認識でしか君たちのことを考えていないのだ!!

このような強い偏見を僕は常にほとんどのブログに抱いてしまっている以上, 柔軟なブログ運営をすることはできないかもしれません…(泣)

しかし, とあるブログでは無駄に5000文字程度の記事を書いても意味がないだとか(そもそも限られた知識でそこまで書けることが驚きです笑) きっと, ブログを運営しているほぼ大多数の方々は自分が''搾取する側の人間なんだ''という妙な考えが深層心理の奥底では思っているからこそ, 必要としていない情報を無知で吸収性のある読者に情報過多を起こしいるのではないのか?


確かに, ブログを運営する上で読者層を意識することは重要であることは確かである.


それでもなお, この記事を読んでくれている君たち(読者様)に僕は感謝しています.


終わり.


P.S.
このブログを書いている最中に, 僕の好きなfolk singer ''Passenger''を聴きながら執筆しました
↑(かなりどうでもいい笑) 個人的にかなりオススメなので,youtubeで気軽に検索してみては